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魚の性別の話

掲載日 2019.02.04
東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授 大久保 範聡

魚の性別はどうやって決まる?

図1 人間の性染色体。左側の大きいのがX染色体で、右側の小さいのがY染色体。
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私たちの細胞の中には、染色体とよばれるDNAの束が何本も入っています。染色体の中には、性別を決める特殊な染色体が2本あり、性染色体とよばれています。この2本の性染色体がどんな種類かで性別が決まるのです。つまり、この2本が同一の性染色体(X染色体)ならメス(人間では女性)になり、異なる性染色体(X染色体とY染色体)ならオス(人間では男性)になるのです。性染色体の組み合わせがXXだとメスになり、XYだとオスになるとも言えます。このように性別が決まることは、知ってる人も多いと思います。ですが、魚の性別を調べてみると、この認識が揺らいできます。

魚の中にもこの認識どおりに性別が決まる種類が多くいますが、それとは逆に、同一の染色体を2本もっていればオスになり、異なる性染色体を1本ずつもっていればメスになる種類も少なくありません。例えば、日本のメダカは人間と同じく、同一の性染色体を2本もっていればメスになりますが、同じメダカの仲間でも東南アジアに生息するジャワメダカはオスになります。近い魚種の間でも性別の決まり方はばらばらなようです。

図2 ヒラメ。幼魚期に高水温で飼育するとオスになる。
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また魚では、性染色体の組み合わせによって決まったはずの性別が、その後の成育環境や個体の生理状態によって、いとも簡単に書き換えられてしまいます。性染色体によって決まる性別が絶対ではないのです。性別を書き換えてしまう環境要因としてよく知られているのは、幼魚の時期の水温です。例えば、メダカやヒラメなど多くの魚種は、幼魚期に高水温にさらされると、性染色体の組み合わせがXXであってもオスになります。ヒラメはメスの方が大型になり成長も良いので、養殖業者にとってはメスの方が好ましいのですが、高水温で飼育すると、オスばかりという困った状況になってしまいます。逆にトラフグは、幼魚期に低水温で飼育すると、オスになることが知られています。トラフグはオスの方が商品価値が高いので(超高級食材の白子が取れるから)、トラフグの養殖業者は幼魚期に低水温で飼育すれば、より儲かることになります。また、水温だけでなく、個体密度が性別に影響する例も知られています。ウナギでは、幼魚期に高密度で飼育すればするほど、性別がオスに偏ります。ウナギの養殖は通常、高密度で飼育しながら行いますが、実際に養殖ウナギを調査したところ、9割以上の個体がオスであったとの報告も多くあります。

図3 ウナギ。幼魚期に高密度で飼育するとオスになる。
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図4 アピストグラマの一種。育つ水が酸性かアルカリ性かで性別が決まる。
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さらに魚の中には、そもそも性染色体をもっていない種類も多くいます。それらの魚種では、はじめから、成育環境や生理状態といった性染色体以外の要因によって性別が決まることになります。その要因としてよく知られているのは、やはり幼少期の水温ですが、南米に生息するアピストグラマというシクリッドの仲間は、幼魚期に酸性に傾いた水の中で育ったか、あるいはアルカリ性に傾いた水の中で育ったかでも性別が決まることが知られています。

魚は人生(魚生?)の途中で性別を変えることがある

図5 カクレクマノミ。オスからメスに性転換する。
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このように、魚の性別は決まり方一つとっても、型にはまらず不思議ですが、魚の性別の最大の特徴といえば、やはり、性転換する種類が存在することでしょう。いったん決まった性別が、生理状態や他個体との関係性(いわゆる社会性)などの要因によって逆転するのです。例えば、大変美味なクエやマハタを含む多くのハタの仲間は、全ての個体がいったんメスとして成熟して、通常、産卵も経験しますが、その後、体が大きい個体がオスに性転換します。映画Finding Nemoでお馴染みのカクレクマノミは逆に、2匹のオスが出会うと体の大きい方がメスに性転換します。このように、どちらの性別からどちらの性別に性転換するかは魚の種類毎に決まっていて、多くの場合、性転換は一方通行です。ですが、中にはどちらにも性転換する魚種もいます。沖縄周辺に生息するオキナワベニハゼや、大型魚の体表に付いた寄生虫を食べるホンソメワケベラなどが代表例です。オキナワベニハゼの場合、2匹の個体が出会うと、それらの個体のもともとの性別がどうであれ、必ず大きい方がオスになり、小さい方がメスになります。小さいオスと大きいメスが出会った場合は、両者が性転換することになります。何とも骨の折れるルールです。

図6 ホンソメワケベラ。どちらの性別にも性転換できる。
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このように、魚の中には性染色体の組み合わせによって性別が決まるけども、種々の要因によって簡単に性別が変わってしまうもの、自発的にメスからオスに性転換するもの、逆にオスからメスに性転換するもの、そしてどちらの性別にも性転換するものなど、多種多様な種類が存在します。ただ、魚全般に共通して言えることは、生涯にわたって性別を変えることができるポテンシャルを有しているということです。自発的に性転換する魚種と、そうでない魚種を分ける生理的な要因が何なのかについては分かっていませんが、メダカやシクリッドのような自発的には性転しない種類であっても、体内のホルモンバランスを人間が操作することで、完全に性転換するのです。しかも、卵の時期から成熟後まで、人生(魚生)のどの段階でも性転換が可能です。このことは、生涯にわたって性転換を可能とする何らかの仕組みが、魚全般に普遍的に備わっていることを意味しています。私たち人間は、いくらホルモンバランスを改変したとしても完全に性転換することはありませんので、その仕組みは魚特有のもののようです。

魚はなぜ性別を変えられる?

では、その仕組みとはどのようなものなのでしょうか。平たく言えば、なぜ魚だけが性転換できるのでしょうか。その理由の一つに、魚特有の「脳の性的可逆性」が挙げられます。「可逆性」というのは逆転できるということです。それでは性的可逆性とはなんでしょうか。

生殖器官に精巣と卵巣があるように、じつは脳にもオス型の脳(男性脳)とメス型の脳(女性脳)があり、その違いによって様々な性質に雌雄(男女)の違いがもたらされています。例えば、どの動物種でも、通常のオスは性的な対象としてメスを選び、通常のメスは性的な対象としてオスを選びます。そして求愛はいつもオスから、と相場が決まっています(人間はちょっと例外的です)。また、メスよりもオスの方が一般に高い攻撃性を示します。これらの雌雄の違いは、脳が雌雄で異なることで生じたものです。

哺乳類では通常、生まれる頃に、脳がオス型かメス型のどちらか一方に変化します。そして、そこで決まった脳の型は、生涯にわたって逆転することはありません。ですから、私たち人間を含めて哺乳類では一般に、成長過程で性的な対象として選ぶ相手の性別が変わったりすることもないとされています。ところが魚では、産卵を経験したような成熟個体であっても、種々の環境要因によって脳の型が容易に逆転します。体だけでなく、脳も生涯にわたって性別を変えることができるポテンシャルを保持しているのです。これが「脳の性的可逆性」です。性転換の際には、体を作り替えるだけでなく、脳もオス型からメス型に、あるいはメス型からオス型に変えなければ不都合が生じてしまいますが、魚の脳には、それを可能とする能力が備わっているのです。

図7 キンギョ。メスに男性ホルモンを投与すると、オスのように振る舞うようになる。
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この魚の脳の性的可逆性を端的に示す簡単な実験があります。成熟した雌雄の魚に逆の性別に特徴的なホルモンを投与するのです。すると、短期間のうちに逆の性別に特徴的な行動が誘起されます。例えば、成熟して卵をたくさんもっているメスのメダカに男性ホルモンを投与すると、数日のうちに他のメス個体に求愛するようになったり、オスに攻撃したりするようになります。あたかもオスになったかのように振る舞うのです。キンギョでも同様の報告がありますし、イトヨという魚でも、メスに男性ホルモンを投与すると、オスのように巣を作り始めることが報告されています。逆に、成熟して精子をたくさん作っているようなオスのキンギョに、プロスタグランジンという排卵に関わるホルモンを投与すると、メスのような行動を示すようになることも報告されています。このような現象は、私たち人を含めた哺乳類では決して見られないことです。

図8 イトヨ。やはり、メスに男性ホルモンを投与すると、オスのように振る舞うようになる。
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メダカにしてもキンギョ、イトヨにしても、自発的に性転換する魚種ではありません。そのような種であっても、ホルモンを投与すると成熟後でも逆の性別の行動が誘導されることを示したこれらの実験は、魚の脳は種を問わず、生涯にわたって性的可逆性を有することを明確に示しています。

このような魚類の脳の性的可逆性については、古くから多くの関心が寄せられてきましたが、残念ながら、その仕組みについては、まだよく分かっていません。私の研究グループは現在、その仕組みを明らかにすることを目指して、研究を進めています。そのような研究を通して、魚はもっているけども、私たち人間はもっていない(あるいは失ってしまった)「性の揺らぎやすさ」の仕組みを明らかにしていきたいと考えています。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「魚類の産卵行動を制御する因子を同定し、養殖魚の自然産卵を目指す」の活動などをもとに執筆しました。

Contents
研究者発の海の話
海の女性ネットワーク、Women for One Ocean:海洋の将来を考えるために
海と人との関わりを探究する授業作り
漁村の過疎化は海洋生態系の管理体制に影響を及ぼすか
離島漁業の振興に向けた海洋環境変動の評価 ー海水中に含まれる粒子状有機物起源の検討ー
セーリング選手の役に立つ気象海象予測システム
海のメダカで環境汚染を調べる
大槌ラバーズ(大槌を愛するひとたち)─ 大槌の児童・生徒と海洋研究を繋ぐ意識 ─
水中ロボットの測位の話
深海の温泉をめぐる貝の旅
急激な地球温暖化が海洋生態系へ及ぼす影響を化石DNAで復元する
海溝というもの
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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