研究者発の海の話研究者発の海の話

水中ロボットの測位の話

掲載日 2019.03.15
東京大学 生産技術研究所 海中観測実装工学研究センター 准教授 巻 俊宏

最近、水中ロボットについて耳にする機会が増えました。水中ドローンなんて言葉も登場し、空のドローンみたいに手軽に水中探検ができる時代はすぐそこ...、と思っていませんか?

実は、そう簡単な話ではないのです。なぜかというと、ロボットが水中で自分の位置を測ることが難しいからです。自分の位置を測ることを「測位」と呼びます。ロボティクスの分野では自己位置推定とも言います。本稿では水中での測位がなぜ難しいかを説明するとともに、我々の研究事例を紹介します。

大変な水中測位

水中での測位が難しい根本的な理由は、電波が使えないことです(特に海中において)。なぜ海中で電波が使えないか、ぜひ考えてみてください。ヒントは、海水は電気を通すこと、そして電子レンジで温められるということです。ともかく電波が使えないので、陸上や空での測位に大活躍しているGPSも当然ながら使えません。空のドローンがあれだけ簡単に使えるのは、衛星の電波が届く限り地球上のどこでもメートル精度で測位できるGPSのおかげなのです。

図1 海中はよく見えません(2017年、伊豆大島での実習にて。海底がぼんやりと見える。上に明るく見えるのは水面。)
拡大図

じゃあカメラで周りを見ればいいじゃない、海底やら岸壁やら見えるでしょ、と思いますよね。実際に、目は我々人間が最も頼りにしているセンサです。我々がまわりの物にぶつからずに職場や学校へ通えるのは、目のおかげです。しかしながら、水中では目はあまり役に立ちません。水中で見える範囲は、外洋のものすごく綺麗な環境でも数10メートル。沿岸域では自分が伸ばした手が見えない場合も普通にあります。ダイバーはそんな海を「味噌汁のよう」と例えます。また、海底近くで動き回ると海底の泥を巻き上げてしまいます。陸上と異なり、一度巻き上げられた泥はしばらくの間あたりに漂い、ほとんど何も見えなくなります。また、太陽光が届くのは日中の、しかも数10m程度の浅い場所だけなので、それ以外ではライトが必要になります。ライトを使うと水中に漂う砂、マリンスノーやプランクトンなどからの反射によって遠くが見えないという問題が出てきます。吹雪の夜に自動車を運転しているイメージです。

音波なら遠くまで届くでしょ、という貴方。確かに水中において音波は光より遠くまで届くので、計測や通信手段として広く使われています。イルカも仲間とコミュニケーションしたり、餌を捕まえるのに超音波を使っていますよね。音波により周辺環境を調べるセンサーをソナー(もしくはソーナー)と呼びます。高級なソナーを使えばカメラに近い映像を取得することができますが、音波は一般に光よりも分解能が悪く(波長が長いので)、生物や船舶、波浪等から来るノイズが多く、海底や水面その他いろいろな反射が重なったり、音速(音のスピードのこと。水温、圧力、塩分濃度によって変化する。)の違いで曲がったり、当たり方や表面の材質によって反射が複雑に変化したり、一言で言ってしまえば「厄介」です。また、普段目に頼っている人間にとって直感的に理解するのは困難です。例えば人間ドックや胎児検査で使う「エコー」を想像してください。あの映像を解釈するには、相当のトレーニングが必要ですよね。

図2 慣性航法装置の例 (https://www.ixblue.com/)
拡大図

それでも潜水艦は1カ月以上も浮上しないで航行できるし、AUV(自律型水中ロボット)を使えば船よりも高精度な海底地形調査ができるでしょ、という反論があるかもしれません。確かに高級な慣性航法装置(INS)とドップラー式対地速度計(海底に対する移動速度を測るソナー)を組み合わせれば、かなりの期間、高精度に測位することができます。実はこれが現在の水中ロボットの標準的な測位手法なのですが、1千万円以上のコストがかかりますし、物理的なサイズや重量、消費電力も大きいので、大変です。電源を入れるたびに計測誤差を補正するキャリブレーションという面倒な手続きが必要ですし、空のドローンのように手軽には導入できません。ちなみに慣性航法装置とは、自分にかかる力を高精度に測ることで測位する装置です。人間で例えるなら、「目隠しと耳栓をして車に乗せられた状態で測位できる」とんでもない装置です。

研究事例紹介

水中測位の大変さ、おわかりいただけたでしょうか。この状況を何とか打開して、低コストかつ高性能な水中測位を実現すること。これが我々の研究テーマの一つです。

カギは複数のセンサを組み合わせる、「センサーフュージョン」という技術にあると考えています。音響、光、慣性、それぞれ単独だと弱いですが、複数組み合わせることで弱点をカバーできます。人間でも目だけでなく、耳、足、いろいろ組み合わせて自分のいる位置を推定していますよね。我々はこの方法を応用することで、防波堤や岸壁等の人工構造物の周辺での高精度な測位手法を開発しています。

図3 海底ステーションを基準とする相互音響測位手法
拡大図

もう一つのカギは複数のロボットや海底ステーションの協力です。例えば図3のように海底に設置した局(固定局)と相互に音響信号をやりとりして相対位置を求め、さらに自分の持つセンサと組み合わせることで、固定局の周囲での高精度な測位や海底画像マッピングを行う手法を開発しました。また、固定局ではなく、移動するロボット同士に応用することで、複数のロボットで広い範囲の海底を観測することができるようになります。このような運用方法をマルチビークルといい、海中ロボティクスでは現在ホットな研究テーマになっています。詳細につきましては、ぜひ当研究室のHP(http://makilab.iis.u-tokyo.ac.jp/)をご覧ください。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「海洋調査実習による教育研究連携プログラムの推進」(2017年度前期)の活動をもとに執筆しました。

Contents
研究者発の海の話
海の女性ネットワーク、Women for One Ocean:海洋の将来を考えるために
海と人との関わりを探究する授業作り
漁村の過疎化は海洋生態系の管理体制に影響を及ぼすか
離島漁業の振興に向けた海洋環境変動の評価 ー海水中に含まれる粒子状有機物起源の検討ー
セーリング選手の役に立つ気象海象予測システム
海のメダカで環境汚染を調べる
大槌ラバーズ(大槌を愛するひとたち)─ 大槌の児童・生徒と海洋研究を繋ぐ意識 ─
水中ロボットの測位の話
深海の温泉をめぐる貝の旅
急激な地球温暖化が海洋生態系へ及ぼす影響を化石DNAで復元する
海溝というもの
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
page top