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急激な地球温暖化が海洋生態系へ及ぼす影響を化石DNAで復元する

掲載日 2019.03.08
東京大学 地学系研究科 准教授 鈴木 庸平

海洋生態系に異変?

現在の地球温暖化は、気温と海面温度の上昇、氷床の融解による海水準の上昇だけでなく、貧酸素水塊の増加や湧昇流の変化を引き起こすなど、海洋生態系に大きな影響を及ぼすことが危惧されています。しかし、将来の地球環境の激変に海洋生態系がどのように応答するのか、という問題については、IPCCの第5次評価報告書において、将来予測の不確実性が指摘されています。とくに、急激な温暖化の影響で生物が絶滅または適応進化するかについて、数十年程度の観測データの外挿や数値シミュレーションでは将来予測が困難です。

化石DNAは堆積物に長期間保存される?

海底堆積物は、水塊中に生息する生物が死後に降り積もって形成されるため、堆積物には過去の海洋生態系の変遷が連続的に記録されています。仮に環境変動を記録した堆積物中に、当時の海洋に生息した生物のDNAがタイムカプセルのように保存されていれば、近年急速に進歩しているゲノム解析技術を駆使して、環境変動に応答して繁栄または衰退した生物相の変化と、それら生物の生態と進化を復元できます。

私たちの研究グループは、プレート境界に付随する冷水湧出、すなわち海底でメタンが湧く堆積物に着目しました。それは、メタンをエネルギーとした嫌気性メタン酸化古細菌が、硫酸還元細菌と共生することにより硫化水素を発生し、堆積物は海底面まで酸素に欠乏した状態となるからです。この微生物作用により、化石DNAの保存が飛躍的に良くなると期待されます。

図1 A:堆積物から化石DNAが検出された日本海上越沖のサイト。B:堆積物を取得した冷水湧出サイトとリファレンスサイト。C:海洋調査船マリオン・デュフレーヌ。D:化石DNA試料の船上での採取の様子。
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日本海は、過去の無酸素水塊の形成により、太平洋側で見られるチューブワームやシロウリガイ等の化学合成生物が生息しないため、冷水湧出帯での生物擾乱が少ないことから、化石DNAの保存に有利です(生物擾乱とは、貝などの海底で暮らす生物がいると、それらの生物の動きによって堆積物が乱されることで、堆積物試料から正確な環境情報が取り出しづらくなります。)。そこで、新潟県上越沖の表層型メタンハイドレートの形成を伴う冷水湧出帯で掘削調査を実施しました。

化石DNA研究の根幹は、0.1gの超微量堆積物試料から効率的にDNAを抽出する独自に開発した技術にあります。この技術を用いると、堆積物中で生きている生物のDNAと水塊中から降り積もった化石DNAを分離することが可能です。この技術を上越沖から取得した長さ40メートルの堆積物コアに適用した結果、冷水湧出帯で堆積した10万年前の試料から、プランクトンの珪藻や放散虫、海藻、陸上植物などを起源とする生物の化石DNAの配列を取得することに成功しました。

図2 日本海上越沖冷水湧出帯の化石DNA配列から復元した3〜10万年前の生物相。帯グラフは各年代で検出された起源生物の系統群の割合で、右の写真は検出された生物の写真(珪藻の化石は秋葉氏撮影。その他は https://pixabay.com).
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古環境を映し出す鏡

化石DNA研究の次なる対象として、約1万2900年前から約1万1500年前の急激な寒冷化(ヤンガードリアスイベント)後の急激な温暖化に着目しています。現在進行中の急激な温暖化のアナログとして、この時期の海洋生態系の応答を復元することを目指しています。実際に、日本海の冷湧水帯で約1万1500年前から約1万1000年前に堆積した堆積物を対象とした化石DNA研究を行った結果、この時代の堆積物を連続的に横断して化石DNA配列の取得に成功し、環境の激変に対応した生物相の急激な変化も判明しつつあります。今後予想される地球温暖化で、海洋生態系がどのように変化していくかを明らかにし、日本海という水産資源に恵まれた海域の保全に役立てていきたいと考えています。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「海洋の環境DNAと化石DNAを対象としたデータベースの構築」(2017年度後期)の活動をもとに執筆しました。

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