研究者発の海の話研究者発の海の話

海のメダカで環境汚染を調べる

掲載日 2019.04.18
東京大学 大気海洋研究所 教授 井上 広滋
図1 ジャワメダカ.透明感のある体を持つ
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人間社会の経済の発展に伴い、様々な化学物質が海に流れ込み、様々な生物や生態系、そして人間に有害な影響を与えています。それぞれの化学物質の影響を知るためには、実際にその物質を生物に与えてみて、体に起こる変化を調べる試験が行われます。その際使われる生物の代表的なものは、実験室で飼いやすい、メダカやゼブラフィッシュなどの小型淡水魚です。しかし水生生物にとっては、海水と淡水は大きく異なる環境であり、海水中での生物への影響を知るためには海水中で試験をする必要があります。ところが、ゼブラフィッシュは海水には適応できません。メダカは工夫すれば海水に慣らすことはできますが、好ましい生息環境ではありません。一方、海水魚を試験に使おうとしても、メダカやゼブラフィッシュのように飼いやすく、実験に使いやすい海水魚はいません。そこで脚光を浴びているのが、ジャワメダカ(Oryzias javanicus)です(図1)。

ジャワメダカは、日本のメダカと同じメダカ属(Oryzias属)に含まれる魚で、タイ、マレーシアや、インドネシアの島々など、東南アジアに広く分布しています。川の河口付近(図2、3)、しかも塩分が体液よりも濃い環境を好み、産卵、胚発生、ふ化、成長、性成熟まですべて海水中で完結できるため、海水魚と同等の性質を持っていると考えられます。体の大きさもメダカと同様に小さく、飼いやすさも、海水や人工海水さえ使えばメダカとほぼ同じです。そのため、海水における化学物質の影響試験に近年使われるようになってきました。

図2 ジャワメダカの生息地の一例。マレー半島南部の河口の船着き場
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図3 水面を泳ぐジャワメダカ。日本のメダカと同様、水面近くを泳ぐ習性があるので、発見しやすい
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図4 マレーシアの研究者によるジャワメダカ採集の様子。マレー半島中部の河口
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ジャワメダカの分布する東南アジアは、近年経済発展が著しく、都市化や鉱工業などの産業に由来する化学物質による汚染が懸念されています。現地の豊かな生態系を汚染から守るためには、汚染の影響をわかりやすい形で社会に示す必要があります。その際、現地にいる身近な魚を使って調べた結果は、説得力があります。また、各国の生態系の撹乱を防ぐために、その国にいない生物を研究に使うことには、様々な制限が適用される可能性がありますが、現地にいる魚を使えば、その心配もありません。

日本のメダカは、観賞魚や学校の教材として日本人にとってはなじみ深い魚ですが、日本が先導してゲノム配列をはじめ様々な情報を整備してきた、世界に誇れる実験動物でもあります。ジャワメダカは日本のメダカと近縁ですので、日本のメダカで培われた様々な研究技術や情報の蓄積を応用することができます。私たちはジャワメダカやその遺伝子を利用した汚染状況や汚染物質影響の研究、そして、その基礎となる環境適応機構や化学物質代謝機構の研究を、東南アジア各国の研究者と連携しながら進めています(図4、5、6)。

図5 プトラマレーシア大学に設置されたメダカ飼育室。部屋の名称に「Medaka」と書かれている
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図6 トレンガヌ大学(マレーシア)で開催されたジャワメダカに関するセミナーの様子
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※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「東南アジアの地元の生物を用いた低コスト・高感度海洋汚染検出プロジェクト」(2017年度後期)の活動をもとに執筆しました。

Contents
研究者発の海の話
海の女性ネットワーク、Women for One Ocean:海洋の将来を考えるために
海と人との関わりを探究する授業作り
漁村の過疎化は海洋生態系の管理体制に影響を及ぼすか
離島漁業の振興に向けた海洋環境変動の評価 ー海水中に含まれる粒子状有機物起源の検討ー
セーリング選手の役に立つ気象海象予測システム
海のメダカで環境汚染を調べる
大槌ラバーズ(大槌を愛するひとたち)─ 大槌の児童・生徒と海洋研究を繋ぐ意識 ─
水中ロボットの測位の話
深海の温泉をめぐる貝の旅
急激な地球温暖化が海洋生態系へ及ぼす影響を化石DNAで復元する
海溝というもの
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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